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ヘンリク・シュミーゲロードイツ連邦共和国大使講演
「ドイツ、日本、欧州の外交政策における憲法上の基礎」

2004年1月16日 於 防衛研究所

 

柳沢所長並びに御出席の皆様、

現在、自衛隊の海外派遣に関する議論が行われていることから、本日の私の講演では、主にドイツと日本の外交政策における憲法上の基礎を比較してみたいと思います。更に、今日のドイツ外交安全保障政策の目標であり手段でもある欧州という次元も取り上げていきます。

I.

それではまずドイツと日本の外交政策における憲法の役割を見てみます。

日本とドイツは、驚嘆すべき組み合わせです。地理的に遠く離れていながら、これほど似通っている国同士は他にないと思わせる面もあります。両国の共通点には、中世にまで遡るものもあれば、19世紀又は戦後に端を発するものもあります。

1870年以降のドイツでは、法学方法論、法体系論、法哲学、そして法の実務が独創性に富んだ興隆期を迎えました。明治時代の日本の法律家はこれに感銘を受け、日本の法体系を構築する際の参考にしたのです。

1930年代、日独両国の民主主義は壊滅的な後退を強いられました。第二次世界大戦終戦時、両国は瓦礫の中にありました。しかしその後過去60年の間に不死鳥のように灰の中からよみがえりました。今では世界第二、第三の経済大国であり、国際社会で再び一目置かれる一員ともなりました。これについて、両国とも米国に多くを負っています。

第二次世界大戦後、両国は、その歴史ゆえに平和の維持に対する特別の義務を感じていました。これは、両国の憲法の中で特に自己規制、つまり自国の侵略戦争の禁止という形で反映されています。日本国憲法では一般的解釈として自衛のための組織の編成のみが可能とされています。ドイツの基本法も侵略戦争を禁じており、連邦軍の活動を防衛目的に限定しています。連邦軍の兵士はNATO域外で活動をしてはならないということについて、90年代初頭までは疑問の余地がないとされていました。ただし、両国の戦後憲法には、当初から重要な相違点がありました。それは、ドイツ基本法第24条が、集団的安全保障制度に加入するドイツ連邦共和国の権利を明記しているのに対し、日本の憲法にはこのような規定がないという点です。

しかし、ベルリンの壁の崩壊後、国際的枠組は劇的に変化しました。今日、日独両国は、遠く離れた地域での軍事介入への関与を望む同盟国や国連の期待に直面しています。バルカン半島、ソマリア半島沖、東チモール、アフガニスタン、イラクなどがその例です。新たな期待に応えるべきか、応えるならばどのように対処すべきか。この問題に関し、日独双方で白熱した議論が行われています。

ドイツについては、統一に伴い、政治的枠組にも重大な変化が生じました。 戦勝国のドイツに対する権利が放棄され、ドイツ連邦共和国は完全な主権を回復したのです。やがて統一ドイツに対し、特に軍事分野も含め一層の責任を担うよう国際社会からの期待が寄せられるようになりました。その契機はバルカン紛争でした。ドイツ連邦政府は、憲法が介入を認めているかについて確信がありませんでした。ですから、この問題が連邦憲法裁判所に付託されたことを歓迎したのです。

1994年以降、連邦軍は、旧ユーゴスラヴィア地域、ソマリア半島沖、東チモール、アフガニスタンで活動を行ってきました。現在、7400名の連邦軍兵士が国際的任務に従事しています。

イラク戦争を巡る国際議論の中で、ドイツは事情に疎い筋から非難されることがあります。曰く、ドイツはパシフィズムの国でありそれを隠れ蓑にテロとの戦いを避けているとの主張です。これほど事実を誤認した非難はないでしょう。ドイツはアルカイダがテロ攻撃の計画を行った国アフガニスタンにおいて軍事面で主導的な役割を果たしてきたのです。

今ではアメリカの友人も、当初想定していたサダム・フセインとアルカイダとの繋がりは証明されていないことを認めています。ドイツはアフガニスタンを国際テロの最も危険な拠点であると見ていますが、現在その地において約2000名のドイツ連邦軍兵士が駐留しています。うち14名が命を落としています。

昨年、ドイツはオランダとともに6ヶ月間カブールでのISAF(国際治安支援部隊)の指揮を執りました。現在ドイツはカブール以外の地域にも兵士を派遣している数少ない国の一つです。この取り組みの目標は、アフガニスタン北東部クンドゥスにいわゆる「地域復興チーム (PRT)」を創設することです。

また「不朽の自由」作戦開始時から2003年11月までに、100名のドイツ特殊部隊が米軍部隊とともにアフガニスタンとパキスタンとの国境地帯でビンラーディンの捜索活動を行っています。

ドイツがテロとの戦いを避けているなどとは誰にも言ってほしくありません。過去、イラク戦争に関しいかなる意見の相違があったにせよ、このことはブッシュ大統領も認め、感謝の意を表しています。

意見の相違があったことは否定しません。しかしこれはもう過去の話です。今重要なのは、イラクにおける危険な戦後の状況を安定化させ、民主主義を確立することです。ドイツはそのための貢献を行う用意があります。特に、法治国家にふさわしい警察機構を創設するという、ドイツが既に何十年にもわたり途上国で実績をあげてきた分野で活動を行う用意があります。

自衛隊の行動の枠組みもここ数年拡大してきました。日本は9.11のテロの後、任務は限定的ながら海上自衛隊の部隊を「不朽の自由」作戦のため派遣しました。ちなみに、日独政府間の合意に基づき、2003年6月4日、日本の補給艦「はまな」がドイツのフリゲート艦「ブランデンブルク」に対し燃料の補給を行っています。 2003年12月9日、日本政府は自衛隊のイラクでの人道支援活動に関する基本計画の閣議決定を行いました。本日、陸上自衛隊の先遣隊がクウェートに向け出発し、その後イラク南部に移動する予定と聞いています。

こうして、新たな安全保障上の課題を背景に、日本でも軍事活動の可能性及び憲法上の制約を巡り白熱した議論が行われるようになりました。小泉総理大臣は憲法改正を支持すると述べ、2005年までに自民党としての憲法草案を提出するよう求めました。また民主党も2006年に草案をとりまとめる意向です。

このように、ドイツと日本は、国際平和維持の取り組みにおける自らの役割の再定義という非常によく似たプロセスの中にあります。両国の法分野における伝統的な協力に、極めて今日的で新たな課題が与えられています。両国は今後国際政治でどのような役割を担っていくべきか。この問いに対する答えは、両国に共通する法の伝統を見れば自ずと浮かび上がってくると私は確信しています。すなわち、

  • 1. 日独にとっては、国際関係における国際法の優位が重要な原則です。
  • 2. 両国は、国際紛争の解決にあたり、常に多国間のアプローチを模索しています。
  • 3. 国際的な対立で、武力の行使が避けられない状況に陥ることも残念ながらあります。しかし、軍事的手段だけで国際紛争を解決することはできません。必要なのはむしろ、今日の新たな脅威に対する答えとなるようなより拡大的な安全保障概念です。
  • 日本とドイツは、その伝統と歴史からして、この「拡大的な安全保障概念」を実効性あるものにしていくために特に適任であると言えます。この考え方の主眼は、紛争や対立を抱えた地域の安定化に向けた国際努力を軍事面のみに限定しないことにあります。軍事面をいわゆる「ソフトパワー」で補っていかなければならないのです。一国の経済・社会の発展を促すこと、戦争で疲弊した社会の行政や警察の養成を行うこと、異文化間の対等な立場での対話を行うこと等がこれにあたります。

    ドイツの安全保障政策の最も重要な手段の一つは、世界中で民主主義を促進することです。民主主義は何も西洋特有の文化ではなく、日本やインドにおける長年の例が示すようにあらゆる文化に根ざすものです。ドイツの哲学者イマヌエル・カントは今から200年前に「民主主義国家同士は戦争をしない」との予測を試みました。後世の政治学者はカントの理論が正しいことを実証的に確認しました。欧州の戦後史はその顕著な一例に過ぎません。こうしたことから民主主義の促進は、ドイツにとり最も重要な外交手段の一つとなっています。(コンラート・アーデナウアー財団やフリードリヒ・エーベルト財団などの)ドイツのいわゆる「政治財団」はその重要な手段であり、スペイン、ポルトガル、ギリシャそして多くの中南米諸国の民主化にあたり特に真価を発揮してきました。話が長く横道に逸れ恐縮ですが、先程申し上げた通り、民主主義の促進は、長期的に戦争を回避するための最重要の手段、すなわち予防的安全保障の措置なのです。

    日独が今日アフガニスタンで行っている活動がその良い例です。両国は、元戦闘員の動員解除及び警察機構の構築という容易でも安全でもない任務を引き受けました。これを通じて、国内の治安と安定を再び確立するためのチャンスをアフガニスタンに提供したいというのが私達の願いです。

    昨年12月の橋本元総理のベルリン訪問の際、ドイツと日本は、アラブ首長国連邦でイラク警察の養成を共同で実施し、これを通じイラク復興で協力することで合意しました。

    そこで、結論として次のことを申し上げたいと思います。日本とドイツは、過去10年間、新たに突きつけられた課題に立ち向かってきました。両国は、より一層の国際的責務を引き受ける用意があります。両国は、法と憲法における共通の伝統ゆえに、この新たな課題を極めて類似した方法で定義付けています。

    日本とドイツがこの共通性を将来も培っていくことが肝要なのです。

    II.

    さてこれより、ドイツ一国の憲法から欧州のレベルへと話を移します。

    欧州統合のプロセスは、現在二つの重大な展開を迎えようとしています。一つはEUの拡大であり、2004年5月1日、加盟国数は今の15カ国から25カ国となります。もう一つは、欧州憲法の策定です。

    昨年12月、ブリュッセルで開催されたEU憲法の策定に関する政府間会議が決着を見ないまま終了したことはおそらくご存知でしょう。ポーランドとスペインは、政府間会議の他の全参加国が合意した見解に与するのを良しとしませんでした。

    ただ、政府間会議は決裂したかもしれませんが、憲法制定プロセスが失敗したわけではない、と断言できます。私は、近い将来欧州憲法が誕生すること、そしてそれは、ポーランドやスペインが今回賛成を見合わせた草案によるものであることを確信しています。

    しかしそもそもEUはなぜ憲法を作ろうとしているのかと疑問に思われるかもしれません。EUが各加盟国を吸収する連邦国家に変身するということなのか。我々は「欧州合衆国」に向かって進んでいるのか。二つの疑問に対する答えは、「ナイン」(否)です。

    ではなぜ今、「欧州憲法」なのでしょうか。これは、かなり前から統合プロセスの中で並行している二つの動き、つまり欧州統合の「深化」と「拡大」がもたらした結果なのです。深化に伴い民主主義に関わる問題が生じ、拡大に伴い行動能力に関わる問題が生じたのです。どちらの問題も解決が必要です。そして、憲法以外に解決の道はないのです。

    まず「民主主義の問題」としての深化に関してですが、特に90年代、市民の生活に直接かつ長期にわたる影響を及ぼすEUレベルの決定が次第に増えてきました。例えば次のようなものがあります。

    • 1993年のいわゆる域内市場の誕生
    • 2001年のユーロ導入
    • 多くの加盟国間での国境検査の廃止
    こうした動きの結果、日々の生活の中で、ブリュッセル(EU本部)で下される決定に何らかの影響を受けない分野は殆どなくなりました。

    にもかかわらずここ数年は、市民のEU離れが逆に顕著になってきています。「ブリュッセルの官僚機構」には民主的正統性が欠けるとの批判の声が高まりました。立法の手続や責任の所在が不透明だとの批判です。そこで欧州憲法によってこの状況を打破しようという訳です。

    次に憲法を必要とする二番目の理由、「行動能力の問題」としての拡大を見てみます。EUの加盟国は、2004年5月の10カ国の新規加盟に伴い25カ国に増えます。そして拡大プロセスは、まだまだこれで終了とはならないでしょう。しかしEUの意思決定プロセスは、15カ国の間でさえ煩雑で時間がかかりました。25カ国にもなればEUは機能不全に陥りかねません。

    憲法草案は、この二つの問題領域に関し非常に具体的な解決案を提示しています。

    民主主義の問題については、欧州議会の機能強化と欧州委員会の民主的正統性の強化によって解決されるとしています。現在の憲法草案は特に、欧州連合を「国家と市民の連合」と定義しています。国家と市民の連合というこの二重構造は、この度提案された理事会での多数決採決に関するルールでもはっきりと表れています。各加盟国の票の重みは同じであるべきである、即ち「一国一票」であり、また市民レベルにおいても、民主主義の根本原則である「一人一票」が適用されるべきとしています。従って今後は二重の多数決制が求められるのです。つまり、ある規則が採択されるには、加盟国の過半数が賛成票を投じると同時に、賛成国の人口の和がEU総人口の60%を超える必要があるという制度です。

    次に、EUの行動能力強化策として打ち出された案には次のようなものがあります。

    • 全会一致ではなく特定多数決で決定を下す分野の大幅な拡大
    • 任期を二年半とする欧州理事会議長の選出
    • 委員会と理事会双方に所属する「欧州外務大臣」職の新設
    • 欧州安全保障防衛政策(ESDP)分野におけるEUの行動の可能性の拡大。憲法草案は、EUの枠組における協力の可能性を大幅に拡大しています。次に例をあげます。
      • 「集団防衛条項」の導入。これは中立国でない、関心ある国のみを対象としています。
      • 軍事能力構築の分野で希望する国同士がより緊密な協力を行う可能性。
      • 重要な装備開発計画を共同実施するための「欧州装備庁」の創設。
    重要なのは、EUにおける能力の構築はNATOの代替ではなく補完を意味するものであるということです。その目指すところは、EUとNATOの戦略的パートナーシップであり、これが全てのパートナー国に共通の安全保障上の基盤となることです。あくまでもNATOが安全保障機構としての第一の選択肢なのです。EUが軍事活動を行うのは、NATOが関与出来ないか、関与を望まない場合に限られます。

    締めくくりに次のことを申し上げます。欧州憲法が制定されても、それによって欧州超大国が誕生するということにはなりません。国民国家の存続が不可欠であるとの原則が受け入れられて初めて、統合プロセスは一層前進することが出来るのです。

    つまり、今後も日独関係と日・EU関係は並存しますし、東京のドイツ大使館もベルリンの日本国大使館も存続するということです。

    まさに人、言葉、文化、伝統の見事な多様性こそが、欧州を唯一無二の存在にしているのです。この多様性が守られてこそ、人々は今後も長期にわたり統合プロセスを支持していくでしょう。

    ご静聴ありがとうございました。


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