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アラビア海における独日協力が実現
2003年6月4日、アラビア海上で特別な出来事があった。日本の海上自衛隊の補給艦が、「不朽の自由作戦」の枠内でテロとの戦いという任務を遂行しているドイツ海軍フリゲート艦に初めて給油を行ったのである。
日独共に故郷の海域を遠く離れて、このような注目すべき協力が実現したことについて、シュミーゲロー駐日大使は、「アフガニスタンの平和的発展に向けた独日両国の努力が軌を一にしたものであることを傑出した形で象徴的に示している」としている。


フリゲート艦「ブランデンブルク」に給油する日本の補給艦「はまな」(左)

この海軍の協力実現までには次のような経緯があった:
2003年2月28日に、川口順子外務大臣とヘンリク・シュミーゲロー駐日ドイツ大使との間で覚書の交換が行なわれ、後方支援、補給、業務の提供に関する二国間合意が発効した。これに先立ち、日本政府は閣議で「不朽の自由作戦」(OEF)の枠内で活動するドイツ海軍に対する後方支援実施要請を承認した。



駐日ドイツ大使と川口外務大臣のそれぞれの代理として、 ヴァルナー駐在武官と青山外務事務官が覚書を交換した。

この合意により、日本側は、アラビア海におけるドイツ派遣編隊(500.01作戦編隊)所属の部隊に対し、給油の形で無償の支援業務を実施することになる。これに対して、ドイツ連邦共和国政府は、日本側からの支援提供を、国連決議を受けたOEF作戦の枠内で対テロ作戦に従事しているドイツ軍の活動にのみ使用することになる。これに加えてドイツは、提供を受けた燃料を日本側の事前承認なしに自国部隊以外の第三者に譲り渡すことはない旨を表明している。また、同閣議においては、フランスとニュージーランドからの要請についても認められた。さらに5カ国(カナダ、スペイン、オランダ、イタリア、ギリシャ)が同様の申請を行い、3月に閣議で承認された。

この合意の発効により、今後の給油について、バーレーンにある米中央軍作戦司令部(U.S.CENTCOM)に派遣されている日独の連絡将校が現場で計画・調整を行なうことが可能となった。日本の海上自衛隊は2001年11月より、2〜3隻の護衛艦と1ないし2隻の補給艦を継続してアラビア海に派遣している。この部隊の任務は、米国とその共同作戦国の海軍に対する後方支援である。日本国憲法は国際紛争の解決にあたっていかなる武力の行使も禁じているので、日本にとって後方支援は、同盟国アメリカに対して連帯を示すことのできる唯一の選択肢である。海上自衛隊の派遣は、2001年9月11日の同時多発テロを受けて6週間後に施行されたテロ特措法に基づいている。政治的理由から、補給活動はこれまで米国と英国の両海軍に限定されていた。支援業務開始から2003年2月末までに合計28万トンの燃料補給が行なわれたが、これは金額にして約8000万米ドルに相当し、日本の国庫負担となっている。

ドイツの派遣部隊第一陣がソマリー半島沖海域に到着した2002年初めにすでに、在日ドイツ大使館は本国の指示を受けて、日本の補給支援業務に対してドイツ側が基本的に関心を抱いていることを明らかにした。日本側も同様の関心を示した。2002年は日独二国間交流がきわめて緊密に行なわれた年でもあった。5月に海上自衛隊海上幕僚長訪独、6月末にドイツ遠洋航海部隊来日と日独海軍幹部協議、そして7月にインド洋上で両国海軍部隊による共同訓練が行なわれた。


ドイツ遠洋航海部隊司令ケーラー海軍大佐(中)と各艦長並びに副長
2002年7月初旬 東京にて


フリゲート艦「メクレンブルク・フォアポメルン」及び「ラインラント・プファルツ」で編成されたドイツ遠洋航海部隊(DESEX部隊)はスマトラからスリランカに至る航路の中間の海域で、日本の護衛艦「はるな」及び「さわかぜ」と合流、「海上給油」(RAS)を試験的に行なうことができた。ただし、燃料を実際に補給することは許されていなかったので、燃料を流さない「乾いた」訓練となった。そして、2003年6月4日、「ブランデンブルク」と「はまな」によって、この訓練が現実のものとなったのである。


搭載ヘリから見たフリゲート艦「ブランデンブルク」と日本の補給艦「はまな」
2003年6月4日



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